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広島高等裁判所岡山支部 平成元年(う)41号 判決 1991年3月13日

本店の所在地

岡山県倉敷市白楽町八四番地

株式会社藤商(旧商号有限会社藤商)

(右代表者代表取締役 藤川武正)

本籍

同県岡山市弓之町二番

住居

同県倉敷市酒津二八二七番地

会社役員

藤川武正

昭和三年一一月二八日生

右株式会社藤商に対する法人税法違反、右藤川武正に対する同法違反、所得税法違反各被告事件について、平成元年二月二八日岡山地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から適法な控訴の申立てがあつたので、当裁判所は検察官大口善照出席の上審理して、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人藤川武正の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人岡本貴夫作成の控訴趣意書、陳述書及び控訴趣意補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官宇陀佑司作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

所論は、要するに、「原判決は、後記第一、第二の各一に記載した点において事実を誤認し、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。」というのである。

しかし、原判決挙示の証拠によれば、所論指摘の点を含めて原判示の各事実を肯認することができ、その他記録、証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討してみても、原判決に所論の誤認があるとは認められない。以下、所論にかんがみ補足して説明する。

第一原判示第一(法人税法違反)に対する事実誤認の所論について

一  所論の要旨は、「原判決は、原判示第一の各事実において、被告人株式会社藤商は、昭和六二年有限会社藤商を組織変更したものであるが(以下、右の組織変更の前後を通じて「被告会社」という。)、被告会社の代表取締役としてその業務全般を統括していた被告人藤川武正(以下「被告人藤川」という。)が、被告会社の業務に関してした昭和五六年五月から翌五七年四月まで及び同年五月から翌五八年四月までの各事業年度分の法人税についての造成費、支払手数料及び債権償却特別勘定などの架空計上や雑収入の圧縮などの所得秘匿工作を伴う虚偽不申告逋脱犯の成立を認めている。しかし、<1> 被告人藤川は、昭和五六年一一月から昭和五八年三月まで被告会社の運営を山田惠章に一任していて、原判決のいう所得秘匿工作は同人がしたもので、また、同人が作成した被告会社の帳簿の正確性には疑問があるから、右の帳簿に基づいて算出された所得金額にも疑問があり、<2> 原判決は、現実の支出と一致しない領収証がある出費は架空に計上された経費であると認定し、経費として収入から控除することを認めていないが、被告会社は、地域住民の同意を得るために必要な経費、領収証の取れない業者への支払いなどについて、他の業者の領収証を使用したのであつて、いずれも右の領収証に相当する金額の支出を実際にしていて、被告人藤川には不正行為の認識がない。原判決は、右の各点について事実を誤認している。」というのである。

二  (<1>の所論について)

そこで検討すると、関係証拠とりわけ被告人藤川、山田惠章及び武田冨美子の捜査官に対する各供述調書(質問てん末書を含む。以下同じ。)並びに山田惠章の原審証言によれば、被告人藤川は昭和五一、二年ころから不動産売買に関与するようになり、昭和五四年被告会社を設立したが、山田惠章は昭和五六年一一月被告会社に入社し、以後被告会社は資金面を被告人藤川が、営業面を山田惠章が担当して、土地を購入し、これを宅地に造成し、販売する仕事をするようになり、その際、山田惠章に物件毎に仕入れ、造成費、減歩、売上見込額の計画書を作成させ、これを被告人藤川が承認すると、山田惠章が買収にかかり、被告人藤川がその取引の成立を了承すると資金の手当てをするという手順で仕事をしていて、このような処理方法は昭和五八年三月山田惠章が退社するまで続いていたこと、その間、造成費、支払手数料などの架空計上、雑収入の圧縮などの所得秘匿工作については、被告人藤川や山田惠章の指示により被告会社の事務員武田冨美子が帳簿に記入するなどしていたが、被告人藤川は山田惠章に対し、「こんなに利益を出してはいけん。どこかで領収証をもらつてこい。」などと指示をしていて、被告人藤川自身も白紙の領収証を集め、武田冨美子に渡して、これに虚偽の記載をして被告会社の経費として計上させたり、被告人藤川の個人的な費用を被告会社の経費として計上させたりしていたこと、被告会社の帳簿は、これらの所得秘匿工作による虚偽の記載が含まれていたが、厳正な税務査察により右の帳簿の記載を修正して算出された結果には疑問を抱く余地はないことが認められる。してみると、所論のいうように、山田惠章が勝手に所得秘匿工作をしたものではないし、税務査察により被告会社の帳簿の記載を修正した上、算出された所得金額に特段の疑問はない。この点について所論は採ることを得ない。

三  (<2>の所論について)

右の関係証拠によれば、被告会社の出費の中には、土地を買い入れるとき地主に税金を取られない裏金として渡す金など領収証を取ることができないものもあり、原判決認定の所得秘匿工作とされる造成費その他の経費の架空計上の中には右のような領収証を取れない出費について内容虚偽の領収証を充当したものも含まれていることが窺えないではない。しかし、そのようなものでも、被告会社の帳簿に記載された経費が架空虚偽の内容のものであることには変わりがなく、法人税の申告にあたり裏付けがなく経費として計上できない出費は、経費として認めることはできないのであるから、右のような出費に内容虚偽の領収証を充当して計上したような場合も架空経費の計上による所得秘匿工作に当たると考えられ、右のような出費に内容虚偽の領収証を充当したことを認識している以上、被告人藤川の不正行為の認識にも欠けるところがないと認められる。この点についての所論も採ることを得ない。

四  原判決には、原判示第一について所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

第二原判示第二(所得税法違反)に対する事実誤認の所論について

一  所論の要旨は、「原判決は、原判示第二の各事実において、被告人藤川の昭和五六、五七、五八年分の所得税について、被告人藤川が営む貸金業に関し、貸金関係帳簿などを作成せず、貸金利息収入などを仮名で預金するなどの所得秘匿工作を伴う虚偽不申告逋脱犯の成立を認めている。しかし、<1> 被告人藤川は、受領した貸金の利息の合計額が元本を超えて始めて所得になると考えていたので、被告人藤川には納税義務の認識がなく、<2> 被告人藤川の得意先は少数であつて、帳簿を付ける必要はなく、架空名義の預金はいずれも岡山県商工信用組合(現在は岡山県信用組合と名称変更)倉敷支店に開設されていて、容易に被告人藤川の預金であると判明するものであり、かつ、被告人藤川が知らない間に開設されているから、被告人藤川に不正行為の認識はない。<3> また、個々の貸付先について見ても、イ 株式会社真水に対する貸付けについては、被告人藤川は真水から現金で利息を受領しておらず、したがつて、被告人藤川が真水から現金で支払を受けたとされる後記四記載の合計二三六万円の支払を受けていないし、ロ 株式会社中田工務店に対する貸付けについては、被告人藤川が吉原勝己及び森寺章勝各名義の普通預金口座(岡山県商工信用組合倉敷支店)を取立て口座として中田工務店から受け取つたとされる後記五記載の合計四〇五万九九〇〇円は、被告人藤川が知らない他人名義を利用した取引によるものであつて、岡山県商工信用組合倉敷支店長林光市が被告人藤川の前記組合に対する取引枠を利用して中田工務店岡山営業所長吉岡一雄に融資し、林光市が吉岡からその利息として受領したものであつて、被告人藤川はこれを受け取つていない。原判決は右の各点について事実を誤認している。」というのである。

二  (<1>の所論について)

被告人藤川は捜査段階から一貫して貸金は元本を回収して始めて利益が出るなどと<1>の所論に沿うような供述をしているが、貸金に対するものを含めて利息収入がそれ自体所得になることは、税法上当然なこととされているばかりか、社会常識からいつても当たり前のことであり、被告人藤川が前記の供述のように思つていたとは到底考えられない。のみならず、関係証拠とりわけ被告人藤川及び三好敏之の検察官に対する各供述調書、山田英吉の大蔵事務官に対する質問てん末書並びに大蔵事務官作成の収入金額調査書によれば、(1) 被告人藤川は昭和五〇年ころから養豚業者次いで不動産業者に金を貸すようになり、昭和五三年には貸金業の届け出をし、以来貸金業を営んでいて、本件で虚偽不申告逋脱犯を犯したとされる昭和五六、五七、五八年分だけでも貸金が元利とも完済されている貸付先が若干あり、その言い分によつても貸金による所得がかなりあるのに(例えば、佐守印刷は被告人藤川に対し、昭和五六年に利息を八四万円、昭和五七年に利息を三五万円支払つた上、同年元金二〇〇万円を完済している。)、昭和五九年に本件について国税当局の査察を受けるまで、前記の昭和五六、五七、五八年分を含めて貸金による所得の申告をしていないこと(以下に説示する被告会社名義での申告の場合を除く。)、(2) 昭和五七年からの税務調査によつて株式会社中田工務店に対する貸付けが発覚し、被告人藤川は昭和五八年四月右の貸付けによる利益を被告会社の所得(税務対策上被告人藤川の所得とするより有利であるため。)として昭和五五年五月から昭和五六年四月まで及び同年五月から昭和五七年四月までの各事業年度分について修正申告をしているが、当時中田工務店に対する貸金の回収はできておらず、被告人藤川の前記の言い分からすると、右の所得がないはずであるのに、右の修正申告をしており、少なくともその時点で右の言い分が通用しないことを了知しながら、その後も貸金による所得についてなんら申告をしていないことが認められる上、(3) 後に説示するように、被告人藤川は税の逋脱に利用する意図で、貸金の利息や回収した元本を仮名借名の口座に入金しているが、納税義務がないと考えていたのなら、そのようなことをする必要はないはずであることなどに徴すると、被告人藤川が当時貸金による所得について納税義務の認識があつたことが明らかである。この点についての所論は採ることを得ない。

三  (<2>の所論について)

1  関係証拠とりわけ被告人藤川の捜査官に対する各供述調書、大蔵事務官作成の収入金額調査書によれば、被告人藤川は、貸金業を営むに当たつて帳簿を全く作成せず、また、返済を受けた貸金や支払いを受けた利息を岡山県商工信用組合倉敷支店に開設された約一〇口(被告人藤川が関知しているかどうか争いがある吉原克己、森寺章勝の各名義の口座を除く。なお、右両名名義の口座については、後記五で検討する。)の仮名借名の口座に入金していたことが認められる(なお、所論は、これらの口座が全部被告人藤川が知らない間に開設されたと主張するが、被告人藤川が自分は関知していないと当審公判廷で主張しているのは、前記の吉原克己、森寺章勝の各名義の口座のみであつて、その余の口座の開設、利用について被告人藤川が関知していることは証拠上も明白である。)。このような行為は、いずれも国税当局による税務調査を困難にするものであつて、客観的に見て虚偽不申告逋脱犯成立の要件である所得秘匿工作に当たることが明らかである。

2  そこで、被告人藤川がこれを逋脱の手段として利用する意図を有していたかについて検討する。仮名借名の口座を貸金の利息を入金するなど貸金に利用することが所得秘匿のためであることは、被告人藤川自身捜査段階で認め、原審及び当審公判廷でもこれを争つていない。しかも、前に説示したような多数の仮名借名の口座を貸金に利用することの動機は、所得秘匿工作のため以外に考えようがないことである。次に、貸金関係の帳簿を作成しなかつたことについて、被告人藤川は原審公判廷において、貸付先が五年間で約二〇人にすぎないので帳簿を付ける必要がなかつたためであると供述している。なるほど、貸付先が多数で帳簿を付けないと貸金の管理が不可能であれば、秘密の裏帳簿にせよ、何らかの帳簿を作成したと思われるのに、被告人藤川が貸金について全く帳簿を作成していないのは、これを作成する必要性がそれほど高くないことを示すものである。しかし、貸金業を営む以上、貸付先が比較的少数であつても、帳簿を作成することは、貸金の管理を正確かつ適切に行うために有益である上、前に説示したように、被告人藤川は仮名借名の口座の利用という貸金による所得の秘匿工作をしていることを併せ考えると、帳簿を作成しなかつた理由は、その必要性をあまり感じなかつたことと所得秘匿工作のための両方であるという被告人藤川の捜査段階の供述(検察官に対する各供述調書)は、十分信用できる。してみると、被告人藤川が右の帳簿を作成しなかつたことと仮名借名の口座を利用したことは、いずれも所得秘匿の手段として税の逋脱に利用する意図によるものと認めるのが相当であつて、被告人藤川に不正行為の認識があつたことが明らかである。この点についての所論は採ることを得ない。

3  なお、所論は、「被告人藤川が捜査段階において所得税脱税の事実を認めたのは、一部心当たりがあつた上、帳簿を作成していなかつたので、融資先の帳簿に基づく捜査官の言い分に反論できる証拠がなかつたためであつて、融資先の帳簿はずさんなものであるから、原判示の所得税法違反の事実を認めることはできない。」とも言う。しかし、被告人藤川の融資先の帳簿がずさんであるとする根拠はなく、その他被告人藤川の右の自白の信用性に疑問を生ぜしめる特段の事由はない。

四  (<3> イ の所論について)

所論は、被告人藤川は株式会社真水から現金で利息を受領したことはないと主張するけれども、真水の代表取締役である間野和夫の原審証言によれば、真水の被告人藤川に対する利息の支払いは通常小切手でなされていたが、時には現金によることもあつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。以下、所論が否定する真水からの現金受領について個別的に検討する。

1  (昭和五六年一月二六日受領の七〇万円について) 真水の補助簿(岡山地方裁判所昭和六一年押第八二号の一二)の現金の項目中の昭和五六年一月二六日の支払金の欄には、「東京行き一月二日から同月四日分精算一二万六八三〇円、仮払金F二〇万円」旨の記載があり、これに継ぎ足した用紙に藤川武正八万五〇〇〇円及び天マヤほか一二名が支払先で合計すると二八万八一七〇円になる各金額の記載がある。関係証拠とりわけ小田実、間野和夫の原審各証言、間野和夫の検察官に対する供述調書及び大蔵事務官に対する質問てん末書(昭和六〇年二月一三日付け)並びに大蔵事務官作成の収入金額調査書によれば、真水の補助簿のFとの記号は被告人藤川の意味で、銀行に帳簿を見せたとき、被告人藤川という個人の金融業者に多額の金を借りて高額の利息を払つていることが分からないように、右の記号を使つていたのであるから、前記の仮払金F二〇万円は被告人藤川に対する利息の支払を意味していて、さらに本件の査察を担当した小田実は前記補助簿の昭和五六年一月二六日の支払金額の合計が七〇万円になり、端数のある数字を合計すると端数のない数字になるのはおかしいと考えて、間野和夫に問いただしたところ、同人は右七〇万円が全部被告人藤川に対する利息の支払であつて、これを経費に仮装したと供述したこと、真水の被告人藤川に対する債務の元本額は昭和五六年一月二六日現在で四二五〇万円で、これに対する利息(通常前払い)は月四分の割合で一七〇万円となり、真水は被告人藤川に対し利息として、ほかに合計一〇〇万円を同月中に支払っているから、右の七〇万円が利息の支払であるとすると計算が合うことが認められる。してみると、被告人藤川が真水から同日七〇万円の利息の支払を受けたことが明らかである。なお、被告人藤川は、原審公判廷で、真水から受け取つたとされる利息金の中には、真水側で他の用途に充てたものがあるのではないかとの趣旨の供述をしているが、何ら根拠のない憶測にすぎない。

2  (昭和五六年二月一六日受領の二七万五〇〇〇円、同月二七日受領の八万五〇〇〇円、昭和五七年八月二日受領の三〇万円について) 真水の補助簿(同押号の一二、一三)には、現金の項目中の昭和五六年二月一六日の支払金の欄に仮払F二七万五一二〇円、同月二七日の支払金の欄に藤川武正八万五〇〇〇円、昭和五七年八月二日の支払金の欄に藤川小切手55123と交換の内三〇万円との記載があり、Fが被告人藤川を意味する記号であること、被告人藤川に対する真水の利息支払は通常小切手でなされていたことは前に説示したとおりであるから、真水から右の各日時に現金で右の各金額(二七万五〇〇〇円は二七万五一二〇円の一〇〇〇円未満を切捨てたものである。)の支払がなされたと認められる。

3  (昭和五六年四月一一日受領の二〇万円について) 真水の補助簿(同押号の一二)には、商工当座(岡山県商工信用組合の当座預金の意味)の項目中の同日の収入金の欄にF四八〇万円との記載があるが、間野和夫の大蔵事務官に対する昭和六〇年二月一三日付け質問てん末書によれば、右の記載は昭和五六年四月一一日に額面五〇〇万円の真水の手形を被告人藤川に渡して利息二〇万円を差し引かれた残額四八〇万円を受け取り、これを真水の岡山県商工信用組合の当座預金口座に入れたことを意味していることが認められる。してみると、被告人藤川は、同日右二〇万円の金額を利息として受け取つたと認められる。

4  (昭和五七年九月六日受領と控訴趣意補充書に記載された八〇万円について) 大蔵事務官作成の収入金額調査書では、同日に右の支払がなされたと認定はなされていないが、同年八月三一日右の金額の現金での利息支払がなされたと認定をしており、控訴趣意補充書の記載は日時を誤記したものと推認されるところ、真水の補助簿(同押号の一三)には、現金の項目中の同日の支払金の欄に藤川八〇万円との記載があることが認められ、被告人藤川は同日利息として八〇万円を受け取つたことが認められる。

5  以上説示したとおりであつて、この点についての所論も採ることを得ない。

五  (<3> ロ の所論について)

所論は、「被告人藤川が、岡山県商工信用組合倉敷支店の次の名義の普通預金口座を取立て口座として次の日時に株式会社中田工務店から受け取つたとされる次の金員すなわち吉原克己名義の口座での昭和五七年五月四日の三八万円、同年八月三日の一三〇万六八〇〇円、森寺章勝名義の口座での同年一〇月二日の二七万七五〇円、同年一一月四日の一二万九〇〇〇円、同年一二月二日の六七万八三〇〇円、昭和五八年一月五日の一九万三二五〇円、同年二月二日の二七万三八〇〇円、同年三月二日の三八万八〇〇〇円、同年四月二日の四四万円は、いずれも岡山県商工信用組合倉敷支店長の林光市が被告人藤川が知らない右の各口座を利用して融資を行い、受け取つたものであつて、被告人藤川にはこれを受け取つていない(右の各融資は手形割引きの形でなされているところ、控訴趣意補充書記載の「受け取つた日」は、約束手形の満期日であつて、弁護人作成の陳述書記載の「取立てた日」が実際に受け取った日であるから、そのように訂正して記載した。)。」と主張する。

関係証拠とりわけ被告人藤川の原審及び当審公判廷における各供述、中田幸雄の原審証言並びに被告人藤川(昭和五九年一〇月三日付け、同年一一月二日付け、同月二七日付け、同年一二月一九日付け)中田幸雄、林光市の大蔵事務官に対する各質問てん末書によれば、被告人藤川は、昭和五五年七月から前記林光市の仲介で中田工務店に対し、被告人藤川が岡山県商工信用組合倉敷支店から借りた金を資金として、利息月三分の約束で融資を始めたこと、最初の二〇〇〇万円の貸付けは被告人藤川が直接中田工務店専務取締役中田幸雄との間でしたが、以後の融資は被告人藤川の印鑑や通帳を林光市に預けて全てを同人に一任していて、中田工務店の被告人藤川に対する債務を保証する趣旨で林光市名義の借用証三通(昭和五五年七月二九日付けで金額二〇〇〇万円、同年一〇月三一日付け及び昭和五六年一月一〇日付けで金額各一〇〇〇万円)が被告人藤川に差し入れられていたこと、右の融資は、初めは中田工務店振出の約束手形を担保にして貸し付けていたが、昭和五七年からは東宝住宅産業振出の約束手形の手形割引きの形をとるようになり、その取立てなどのために、中田工務店、村尾時雄、吉原克己及び森寺章勝名義の岡山県商工信用組合倉敷支店に開設された各普通預金口座が借名の口座として利用されたこと、右の各借名の口座のうち中田工務店、村尾時雄名義の各口座は、被告人藤川の指示により開設、利用されたものであるが、吉原克己、森寺章勝名義の各口座は、林光市がその判断で知人の口座を利用したものであること、所論主張の右の各金員は、中田工務店が東宝住宅産業振出の手形決済のために入金した金員のうち被告人藤川に対する割引料相当額であることが認められる。してみると、吉原克己、森寺章勝名義の各口座は、被告人藤川から中田工務店に対する融資についてその全てを一任されていた林光市がその判断に基づき右の融資の取立てのために利用していたものであるから、中田工務店から被告人藤川に対する債務弁済(割引料)として入金された所論主張の各金員は、被告人藤川が受領したものと認められる。なお、所論は、右の各金員は林光市の中田工務店岡山営業所長吉岡一雄に対する融資について、林光市が右吉岡から受領したものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。この点についての所論も採ることを得ない。

六  原判決には、原判示第二についても所論の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人藤川武正に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 竹重誠夫 裁判官 矢延正平)

平成元年(う)第四一号

○ 控訴趣意書

法人税法違反 株式会社 藤商

(代表取締役 藤川武正)

所得税法違反 藤川武正

右被告人両名に対する頭書被告事件について、控訴の趣旨を左の通り陳述する。

平成元年五月八日

私選弁護人 岡本貴夫

広島高等裁判所岡山支部 御中

第一、被告人は提訴前の取調において、公訴事実を認めているけれども、捜査官の提示した帳簿等に基づくものであり、事実に反している。

一、被告人自身の収入に関して、全く帳簿を作成していない。

もともと被告人は、自己が企画して金融による利益を得ようと考えていたものではない。

被告人は岡山県信用組合倉敷支店に多額の預金をなしていた。

前記信用組合林支店長及び借主の切なる要望により、昭和五〇年頃より金融を始めた。

右の次第であり、借主の数は少なく、商業帳簿を作成しなくても容易に借主名・貸金・利率・支払日等を記憶することができた。

被告人は昭和五三年三月一日、岡山県知事に対し、貸金業の届出をなした。

然し乍ら、営業形態は従前と変わらなかった。

被告人の取引先は、昭和五六年度乃至昭和五八年度において、一〇〇〇万円以上の貸付先は株式会社真水、株式会社中田工務店の二社であり、一〇〇万円以上の貸付先は平田実、株式会社守蔵の二件、一〇〇万円以下の貸付先は七件である。

言わば、小規模であり、帳簿なしでは握することができた。

然し乍ら、被告人が事業の内容を記憶するのは長くて一年間であり、数年以前のことを思い出すことは不可能である。

事件公訴事実において、利息収入は主として賃借者の貸金の商業帳簿より算出されたものである。

然し、一〇〇〇万円以上の借主はいずれも倒産しており、帳簿の正確性に疑念が残る余地がある。

その上、元本の回収は望めない状態である。

被告人及び融資先の帳簿が杜撰であることは容易に推測される。

被告人は大蔵事務官及び検察官に対する供述調書において、公訴事実をほぼ認めている。

然し乍ら右供述は、被告人が所得税法違反の事実を一部について認めていたこと、及び被告人において帳簿メモ等反論するに足りる資料が全くなかったことによるものである。検察官、大蔵事務官が所得税違反と認定した事実を全面的に認めることは事実に反するものである。

二、被告会社について

被告人は、被告人会社の運営を昭和五六年一一月より昭和五八年三月まで約一年四ヶ月山田恵章に一任していた。

その間山田は約三五〇〇万円の手数料を得ている旨証言している。(同証人昭和六三年七月一八日付速記録九葉参照)

又山田は被告会社が得た粗利は約一億であると証言している。(同証人昭和六三年五月三〇日速記録第二葉参照)

山田の証言からすれば、被告会社粗利一億円の内約三五〇〇万円を山田が得ていることに帰する。

山田恵章は、被告会社の名で取引をなし、自己が手数料を取得していたものであるが、昭和五八年初め、被告会社の利益を自己の個人利益としていたことが発覚し、同人が被告会社の取引に関係することがなくなった。

被告会社は、山田恵章が関与している間に利益を上げ、山田恵章が関与しなくなって利益を上げることがなくなったものである。

山田恵章の被告会社に対する力の大きさが推測できるのである。

山田恵章が被告会社の正確な帳簿を作成していないことから、会計帳簿の正確性には多大の疑念がある。

第二、被告人及び株式会社藤商には故意の知識がなかった。

被告人は、林岡山県信用組合支店長の紹介により融資をしていた。

前記組合の融資では経営が順調に運営できず、より資金の要する、言わば経営の不安定な企業であった。

被告人自身、元本の回収に危ぐを抱いていた。

昭和五六年末には、中桐正樹に対する金一〇〇〇万円の貸金を昭和五七年末には井上晴道に対する金一二〇〇万円の貸金を貸倒損失金として債権放棄している。

又、一〇〇〇万円以上の金額を貸した株式会社真水、株式会社中田工務店はいずれも倒産し、元本の回収に困難を生じている。

健全な企業経営にあたっては、貸金の元本は原則として回収され利息は利益金として処理される。

然し乍ら、元本の返還が不安定であり、且つ一〇件程の借主しか数えない小企業の被告人にとっては、元本金額を回収して後、利益を生じると考えても奇異な感じを与えない。

被告人は、利息金を受領しその合計額が元本額を越えて後、利益を生ずると考えていたものであり、納税義務の認識がなかったものである。

第三、不正行為の認識

一、所得税法違反について

不正行為の認識としては、「不正であるか否かは客観的に定められるべき価値判断の問題であるから、このことを認識することが不正行為の要件とすべきでない。」客観的に定められるべきものとして

(a) 貸金について帳簿をつけていないこと。

(b) 架空名義の預金が存在すること。

を不正行為の認識の根拠としている。

貸金の得意先は三年間に前述一一件と少数であり、帳簿をつける必要がないと言える。

又架空名義の預金が存在しているが、いずれも前記信用組合内であり、容易に被告人の預金であることが判明するものであり、且被告人不知の間に設定されている。

従って架空名義の預金の存在により、被告人が不正行為の認識があるとは判定できない。

二、株式会社真水との間の取引について

大蔵事務官作成の収入金額調査書(検察官請求証拠番号3)貸付金の明細昭和五五年乃至昭和五七年を検討すると、左の疑問点を生ずる。

貸付残高は昭和五五年一月一日現在金四八五〇万円であり、昭和五六年四月一一日以降は金四四五〇万円である。

右「貸付金の明細」は大蔵事務官において、株式会社真水と被告人藤川の貸付金取引の内容を整理したものである。

右貸付金の明細は貸付(年月日、金額)返済(年月日、金額、貸付残高)受取利息(年月日、金額)支払利息(金種、金額)藤川武正の入金内訳(入金口座等、証拠等)となっている。

右明細について、昭和五六年一月の明細を検討すると、

(1) 一月六日 金二〇万円

(2) 同月一六日 金八〇万円

右金員の支払はいずれも小切手でなされており、補助簿に記載がなされている。

又金八〇万円については右補助簿にFの記載がある。

(3) 同月二六日 金三〇〇万円

集計表(検第一七四号)藤川武正欄参照)

(4) 同月同日 金一二六、八三〇円

(5) 〃 金二〇〇、〇〇〇円

(6) 〃 金 八五、〇〇〇円

(7) 〃 金二八八、一七〇円

(4)乃至(7)の合計金 七〇万円

右金(1)(2)の金員はいずれも被告人が設定した石田良作名義の普通預金口座に入金されている。

(4)乃至(7)の合計金七〇万円については、現金で支払われており、株式会社真水において、被告人藤川に支払ったとの記載はない。

又、被告人藤川が右金員を受領したとの書類は一切ない。

又右金員七〇万円は返済金三〇〇万円と併せて一月二六日に支払われている。

株式会社真水は金三〇〇万円の返済金については、会社帳簿(集計表)に「藤川武正」と記載した上、金三〇〇万円の記帳をなしている。

しかし前記合計金七〇万円については、前述の如く藤川に支払ったとの記載はない。

金七〇万円を四口に分けて現金で支払う必要があったとは全く考えられない。

又株式会社真水の代表取締役間野和夫は、被告人藤川の支払については「名前を出さないよう配慮したが、時に支払金を小口に分けて、支払った記憶はない旨。」証言している。

右会計金七〇万円については、被告人藤川以外の他の四人に支払われたものと推測される。

右の他に株式会社真水において、支払を現金(C)としている部分については、被告人藤川以外に使用しているものである。

三、株式会社中田工務店との取引について

原審判決は被告人藤川と株式会社中田工務店との取引についても、検察官主張の同会社利子取得金を全額認めている。

被告人が作成した架空名義は先に述べた如く、岡山県信用組合倉敷支店という言わば一つの金融機関内の名義であり、しかも被告人が関知せぬ間に右金融機関の支店長が被告人が融資している会社に融資し、被告人の知らない架空名義を利用していることが判明した。

被告人は、昭和五五年二月、岡山県信用組合支店長林光市の紹介で、株式会社中田工務店に金二〇〇〇万円を融資した。

中田工務店は、林支店長の交渉を同会社岡山営業所長吉岡一雄に一任していた。

被告人は、中田工務店との交渉は林支店長に一任していた。

中田幸雄中田工務店専務は被告人より、当初の二〇〇〇万円を倉敷支店支店長室で借りた外は、記憶がないと証言している。

中田専務は、倉敷支店長室で同支店長より金銭を受領していたのであり、誰の名義の金を融資し、誰に対して元本利益を支払うのかについて、関心がなかったように考えられる。

従って中田専務は、右二〇〇〇万円以外に被告人と金の貸借をしたことは全くない。

又同専務は、中田工務店が取引の口座として利用した吉原、森寺の架空名義は全く知らないし、被告人も関知していない。

林支店長と吉岡営業所長の二人が被告人の架空名義を使用して、中田工務店・被告人双方に無断で取引をしていたと推測される。

従って、右原審の事実認定が真実に反することは明白である。

四、法人税違反について

被告会社は、代表取締役である被告人が現実に不動産の売買に関与することなく利益額を上げうることのみに専念していた。

従って事務処理上会計帳簿・領収書の管理が極めて杜撰であった。

現実に経費を要したのに拘らず、相手方から領収書を得られなかった経費について、懇意な他の業者名義の領収書に金額を記入して経費として計上していたのである。

本件公訴事実に計上されている脱税金額の認定においては、現実の支出と一致しない領収書に基づく出費は、架空に計上された経費と認定している。

右認定は、新築・増築等を含む不動産取引の実態において、領収書の受領しえない経費の存することに目を覆っているものである。

従って被告会社は、地域住民の同意に必要な経費・領収書の取れない業者への支払等、領収書を得ることの出来ない経費について、他の業者の領収書を使用しているものであって、不法行為の認識のなかったものである。

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